広島地方裁判所尾道支部 昭和54年(ワ)161号 判決 1980年11月11日
原告
国
被告
四方田和実
主文
被告は原告に対し、金七四万五三六一円及び別紙認容金額欄記載の各金額に対する同期間始期欄記載の各日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金一四五万三二八五円及び別紙支払金額欄記載の各金員に対する同期間欄記載の各期間についての年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
第二 請求原因
一 (事故の発生)
1 日時 昭和五一年七月三〇日午前九時二〇分頃
2 場所 因島市土生町二四六九番地の一先道路上
3 加害車 被告運転の自転車
4 被害車 原動機付自転車(因島市〇〇五六)
被害者 岡野勇(被害車運転者)
5 態様 いわゆる丁字型交差点において、被害者が原動機付自転車を運転して直進道路を進行中、左方突当り道路から右折してきた加害車と衝突した。
二 (被告の不法行為責任)
本件事故現場は、いわゆる丁字型交差点上であるが、被告は、加害車を運転して、突当り道路から直進道路に右折するに際し、左右の安全を確認し、除行すべき注意義務を怠り、漫然と右折した過失により、直進道路を進行していた被害車に自車を衝突させて本件事故を惹起させたものである。よつて、被告は民法七〇九条により本件事故による被害者及び原告の損害を賠償する義務がある。
三 (岡野の損害)
岡野は、本件事故により、左顔面打撲、左下腿挫創、上顎骨頬骨骨折の傷害を受け、昭和五一年七月三〇日から同五二年七月二二日までの間加療をし、同五一年七月三〇日から同年一〇月一四日までの間及び同五二年六月二四日について休業を余儀なくされ、治療費、休業損害等として少くとも合計一四四万四二八五円の損害を被つた。
四 ところで、岡野は因島郵便局職員として郵便貯金等の集金業務に従事中本件事故により負傷したので、原告は岡野に対し国家公務員災害補償法(以下「補償法」という)一〇条により療養補償として別紙の番号1ないし6記載のとおり合計金六九万七一一〇円、同法一三条により障害補償一時金として別紙の番号7記載のとおり金三九万二三三六円、さらに国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法四条による郵政事業職員給与準則等に基づき岡野の休業期間の給与として別紙の番号8ないし15記載のとおり合計金三五万四八三九円を各支払つたから、その限度において、右療養補償及び障害補償については補償法六条一項に基づき、その余については民法四二二条の法意により、岡野が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。
五 さらに、原告は、本件事故により、原告の所有する被害車が損傷したため、これを修理し、代金として別紙の番号16記載のとおり金九〇〇〇円を支払つた。
六 よつて、原告は、被告に対し、合計金一四五万三二八五円及び別紙支払金額欄記載の各金額に対する同期間欄記載の各期間についての民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三 被告は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しなかつたが、その陳述したものとみなされる答弁書には、次のような記載がある。
一 請求原因について
請求原因事実はすべて否認する。
二 抗弁について
本件事故は岡野の一方的な過失によつて発生したものであり、被告には何ら過失がなかつた。
第四 証拠〔略〕
理由
一 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証、証人岡野勇の証言により本件事故現場の写真であると認められる同第九号証の一ないし一一(一ないし五は昭和五一年七月三〇日ころ、六ないし一一は昭和五五年ころ各撮影したものと認められる)、右証言によつて真正に成立したものと認められる同第一〇号証及び右証言によれば、岡野は昭和五一年七月三〇日午前九時二〇分頃、被害車を運転して、因島市土生町二四六九番地の一先道路を進行中、交差道路の左方から交差点に進入し右折しようとした被告乗用の加害車と衝突し負傷したことが認められ、他にこれに反する証拠はない。
二 そこで、右事故につき、被告が加害車の運転に関して注意義務を怠らなかつたかどうかについて判断する。
前掲各証拠及び弁護の全趣旨を総合すると、本件事故現場は、因島市土生町から三庄町方面に東西に通ずるほぼ一直線の幅員四・五ないし六・二メートルの舗装道路(以下直線道路という)と北方から幅員約二・九メートル(交差点入口部分の幅員約六メートル)の舗装道路(以下突当り道路という)とが交わる丁字型交差点上であつて、交差点に入る際、右両道路からの各交差道路の車両の通行状況に対する見通しはいずれも極めて不良であり、また突当り道路は右交差点に向け勾配のやや急な下り坂となつているが、直線道路は突当り道路に比べて交通量がはるかに多く、因島市内の主要道路であること、被告は加害車を運転して突当り道路を北から南へ進行し、右丁字路を右折しようとして、坂道を下り、徐行しないまま交差点右角(北西角)寄りに進入したため、直線道路を西から東へ直進してきた被害車と出合い頭に衝突し、岡野をその場に転倒させ被害車を損壊したこと、他方、岡野は被害車を運転して時速約一五ないし二〇キロメートルの速度で、直線道路を西から東へ向かつて進行し、本件事故現場付近に差しかかつたが、左方の突当り道路は日常、車両の交通が殆んどないため、同道路から進出してくる車両は無いものと軽信し、そのままの速度で交差点に進入したところ、突当り道路から直線道路に進入してきた加害車を自前に発見し、急ブレーキをかけて避けようとしたが、間に合わず衝突したことが認められ、他にこれに反する証拠はない。
右認定の事実によると、被告は、加害車を運転中、左右の見通しがきかない丁字型交差点において、突当り道路から交通量の多い直線道路に進入するに際し、左右の交通の安全を確認し、いつでも急停車し得るよう徐行して進行すべき注意義務を怠つた過失があり、これによつて本件事故を発生させたものと認められる。そうすると、被告は民法七〇九条により、本件事故によつて、岡野が受傷に起因して被つた損害及び原告が被害車の破損により被つた損害を各賠償する責任がある。
三 証人岡野勇及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、二、同第三号証の一ないし八によれば、岡野は本件事故によつて左顔面打撲、左下腿挫創、上顎骨頬骨々折の傷害を受け、その治療関係費(通院交通費を含む)として合計金六九万七一一〇円の損害を被つたことが認められる。
また、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証、同第八号証の一及び証人岡野勇の証言並びに弁論の全趣旨によれば、岡野は事故当時、因島郵便局に勤務し、一か月約一四万円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和五一年七月三〇日から同年一〇月一四日までの間及び同五二年六月二四日について休業を余儀なくされ、その間合計金三五万四八三九円の収入を失つたことが認められる。
さらに、後遺症による将来の逸失利益について検討する。証人岡野勇の証言及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第四号証によれば、岡野は本件事故により前記のような傷害を受け、その後治療により昭和五二年七月二二日ころ治療したが、後遺症として、左頬骨が軽度に陥没し左側頭部、左耳介部、左眼瞼周囲に知覚鈍麻が残る等の症状が固定したことが認められる。しかしながら、右のような内容、程度の後遺症によつて現在岡野がその労働能力の一部を喪失し、その状態が将来相当期間存続することを認めるに足りる証拠はないし、また右後遺症により現在何らかの収入の低下をきたしているとか、将来収入の減少が予想されるとか等の事情を認めるに足りる証拠もない。したがつて岡野の後遺障害による逸失利益は認めることができない。
なお、岡野が被つた損害が右以外にも存する(例えば慰籍料など)ことは証拠上もうかがわれるが、後記五記載の理由によりその他の額は算定しない。
四 公務員が職務上作成した真正な公文書と推定すべき甲第五号証の一ないし一五、前記甲第六号証、同第八号証の一及び証人岡野勇の証言並びに弁論の全趣旨によれば、岡野は事故当時、因島郵便局に勤務する国家公務員であり、同局職員として郵便貯金等の集金業務に従事中、本件事故に遭遇して負傷したものであること、そこで原告は、岡野に対し、補償法一〇条の規定に基づき、療養補償として、別紙の番号1ないし6の各期間始期欄記載の日の前日に、同各支払金額欄記載の金員を、同法一三条の規定に基づき、障害補償一時金として、別紙の番号7記載のとおり昭和五三年六月一二日金三九万二三三六円を、さらに国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法四条による郵政事業職員給与準則、同法六条による郵政事業職員勤務時間、休憩、休日および休暇規程、公共企業体等労働関係法八条による郵政省と全逓信労働組合、全国特定局従業員組合間の特別休暇等に関する協約(以下これらを一括して協約等という)に基づき、岡野の休業期間中の給与として、別紙の番号3ないし15の各期間始期欄記載の日の前日に、同各支払金額欄記載の金員を、各支払つたことが認められる。
五 国が職員の公務上の災害について、補償法に基づいて補償をした場合、災害が第三者の不法行為によつて生じたものであるときは、国は補償法六条の規定により、補償の限度で職員の第三者に対する損害賠償請求権を代位取得するが、前記のような協約等に基づいて職員の休業期間中の給与全額を支給した場合は、民法四二二条の規定を類推して、国は給付額の限度で加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である。したがつて、原告は、岡野に対し前項認定のとおりの給付をしたことにより、岡野が被告に対して有した損害賠償請求権を、給付の都度代位取得したものというべきであるが、原告が取得するのは、岡野の全損害に基づく損害賠償請求権のうち、補償法所定の療養補償及び障害補償の対象となつた各損害並びに前記協約等により填補された休業損害と同一の損害に基づく賠償請求権に限られる(補償法六条二項)。
ところで、原告は岡野に対し障害補償一時金を支給したとしてその限度での損害賠償請求権の代位取得を主張するが、補償法の障害補償は、公務上の負傷が治癒した後なお存在する身体障害による財産的な損害(得べかりし利益の喪失による損害を主体)を填補するためのものであつて、精神的損害の補償を含まないものと解されるところ、前記のとおり岡野の後遺障害による逸失利益は認められず、他に身体障害による財産上の損害について何ら主張、立証がないから、結局原告が代位取得した損害賠償請求権は、前記療養補償額及び休業中の給与額に限られることとなる。
つまり、原告は、別紙の番号1ないし6及び8ないし15記載の給付の都度、岡野が被告に対して有した本件事故による損害賠償請求権のうち、右各給付によつて填補されたところの治療費の負担(別紙の番号1ないし6記載の給付につき)、休業中の逸失利益(別紙の番号8ないし15記載の給付につき)を各理由とする部分を、それぞれ一個の権利として岡野から代位取得したと解すべきであり、各取得金額は別紙の支払金額欄記載の各金額につき後記の過失相殺による減額を施した金額である。
六 前記二認定の事実によれば、本件事故の発生については、岡野にも、被害車を運転して左方の見とおしのきかない丁字路を進行するに際し、徐行すべき注意義務を怠つた過失があると認められるところ、前記認定の被告の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として、岡野につき生じた損害額の三割を減額するのが相当と認められる。
七 証人岡野勇の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第七号証の一、二、前記甲第八号証の一及び右証言によれば、原告は本件事故によつて、その所有にかかる被害車を損壊され、その修理代として金九〇〇〇円を支払つたことが認められる。
八 以上の事実によると、原告の本訴請求は、損害賠償金として合計金七四万五三六一円及びこれに対する遅延損害金として別紙の認容金額欄記載の各金額に対する同期間始期欄記載の各日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 市川頼明)
別紙
<省略>